前原誠司、斎藤アレックスの所属政党を変更しました(5/16)

【翻訳】アルフレッド・ミッチェル・イネス『貨幣とは何か?』⑥

MMT翻訳
この記事は約20分で読めます。

現代貨幣理論MMTを支える理論の1つに、アルフレッド・ミッチェル・イネスの信用貨幣論『貨幣とは何か?』という論文(1913年)があります。この…

原文を翻訳しました

次のように6つに分け、

  1. ギリシャ・ローマの貨幣史(P377~P382)
  2. 欧米の貨幣史(P383~P390)
  3. アダム・スミスの誤謬(P391)
  4. 債権と債務の基本(P392~P393)
  5. 債権と債務の歴史(P394~P402)
  6. 結論 (P402~P408)

この記事はパート⑥を掲載し、大まかにページ数を振っています。

※1 参考・翻訳した文献The Banking Law Journal, May 1913
※2 個人の翻訳である点、何卒ご了承ください。翻訳上の誤りや分かりづらい点は、訳者に責があります。
※3 原文のイタリック体の箇所は下線表記、””箇所は「」表記

本文 (402~P408)

しかし、事実は何か?ここで、アメリカ合衆国の状況を取り上げよう。政府は、標準的な純度の金を全部受領し、同じ重量の金貨やそうした硬貨を体現している紙の証明書と交換することに応じている。

今や一般的な印象は、金を硬貨に変換する唯一の効果が、一定重量の断片に切り分けて、この断片に重量と純度を保証した政府の証印を付けて刻印する、というものである。

だが、これが本当に執行されている万事だろうか?決して、そうではない。

実際に起きているのは、政府に対して履行しなければならない税金やその他債務の支払い時に、それが政府に受領される保証を伝達する証印を、政府が金の断片に押し付けているのである。

1枚の硬貨を発行することで、政府は購入させる事を仕立てるのと丁度同じように、硬貨の所有者へと向かう負債を引き受ける。

―すなわち、政府は、課税を手段として用いることで、さもなくば、硬貨の兌換を目的として、債権を提供するための義務を引き受け、こうして、その所持者が己の貨幣に対する価値を獲得できるようにしている。

引き受ける証印によって、金はその特徴を唯の商品から債務の引換券に変えた。イギリスでは、イングランド銀行が金を購入して硬貨や銀行券、帳簿上にある債権の交換に応じている。

アメリカ合衆国では、金が造幣局に預託され、預託者は交換時に硬貨か紙の証明書を受け取る。

販売者と預託者は、等しく債権を受領し、一方は当局の銀行、他方は政府の国庫に直接所在している。その効果は、どちらの場合も全く同じである。

硬貨や紙の証明書、銀行券、銀行の帳簿上にある債権は、形式や内在価値の相異に関わらず、その性質において全て同一である。

譲受人が含意するものを了解し、譲渡人が債務の支払期日に取り戻す譲受人の義務を承認している限り、貴重な宝石や取るに足りない僅かなお金も、平等に債務の引換券である。

つまり、貨幣とは信用であり、信用以外の何物でもない。Aの貨幣は、BのAに対する負債であり、Bが自らの債務を履行する時、Aの貨幣は消滅する。これが、貨幣理論の全体である。

債務と債権は、絶え間なく相互に連絡を図っているため、お互いに接触して清算される可能性を有し、それらを結合させることが銀行家の業務である。

これは、2つの方法で行われる。手形の割引融資の実行である。第1のものが古い洗練された手法で、ヨーロッパでは、銀行取引の大半が割引にあるのに対して、アメリカ合衆国では、より通例の措置が融資による方法である。

P403(27/32ページ目)

手形を割引する過程は、次の通りである。AはB、CとDに財を売却し、それによってB、CとDはAの債務者となってAに債務の承諾書を渡し、それは交換手形と専門的に呼ばれ、より短くすると手形である。

つまり、AはB、CとDに対する債権を獲得する。

AはE、FとGから財を購入して、代金の支払い時に各人へ手形を渡す。すなわち、E、FとGはAに対する債権を獲得する。

B、CとDがE、FとGに財を売却して、Aから渡された手形を決済時に取得できる場合、B、CとDはAにこの手形を進呈でき、そうすることで債務から自分達を解放する。

取引が小さな範囲で行われる限り、例えば、1つの村や隣接する村の小さな集団の場合、B、CとDはE、FとGの保有下にある手形を掴めるかもしれない。

しかし、交易が外へ広がると、たちまち多方面にわたる債務者と債権者は、遠く離れて暮らしてお互いの面識もなくなり、債務と債権を中心に集める何らかの制度がないと、交易が前に進まないのは明らかである。

その後、生起したのが商人や銀行家であり、後者は前者の単に特殊な種類である。

銀行家はB、CとDに対する手形を保有するAから買い取り、するとAは直ちに銀行の債権者になり、今度は銀行家がB、CとDの債権者になる。銀行家に対するAの債権は、預金と呼ばれ、Aは預金者と呼ばれる。

E、FとGもAに対して保有する手形を銀行家へ売却して、その支払い期日が到来した時、銀行家はAの借方にAの先の債権を帳消しにする金額を記入する。

Aの債務と債権は「清算(cleared)」され、Aの名前が消滅し、B、CとDを銀行の債務者として、E、FとGを相応する債権者としての状態に留めておく。

一方、B、CとDは、取引を継続して自分達で築いた売上が納付される時、H、IとKに対する手形を受領する。銀行家によって保有される原本の手形が満期になる時、B、CとDはH、IとKから譲渡された手形を銀行家に売却して、債務の帳尻を合わせる。

こうしてB、CとDの債務と債権は、順番が来ると「清算」され、B、CとDの名前が消滅し、H、IとKを銀行の債務者として、E、FとGを銀行の債権者としての状態に留めておく等。

現代の手形は、中世のハシバミと古代バビロニアの粘土平板の直系子孫である。

ここで、購入者の手形を取得して銀行家へ売却する代わりに、融資という経路で同じ結果に着地する経緯を見てみよう。この場合、銀行取引のオペレーションは、売買の事後ではなく、事前に資金を使っている。

必要とする財を未だ購入していないB、CとDは、銀行家が彼等自身に代わってAの債務者になることを引き受ける契約で締結し、同時に銀行家の債務者になることを承諾する。

この契約締結後、B、CとDはAから購入を行い、銀行家へ売却する手形を譲渡する代わりに、銀行家の所にある手形を直接Aに差し出す。銀行家に対するこうした交換手形は、小切手や為替手形と呼ばれる。

このように創作された場面は、どちらの手順が選ばれても正確に同一であり、債務と債権が同じ方法で清算されるのは明白である。仕組みの仔細に微かな相違はあり、それで一切となる。

こうして、債務と債権を結合して債務が満期になると清算する銀行家の媒介を通じた、債務と債権の連綿たる流通が存在している。これが、西暦以前の3,000年と今日における銀行業務の科学全体である。

銀行は元々、金と銀の安全な預託先であり、所有者が要求すれば、引き出すことができると考えるのは、経済評論家の間によく見られる誤りである。その発想は完全に間違いであり、古代銀行の調査からそうであることが示されている。

P404(28/32ページ目)

検証している商取引や金融取引が何であれ、市場にある野菜1ペニー分の買い物や政府による貸付10億ドルの発行どちらにも、その銘々と全体に同じ原理が関与していることが見て取れる。

古くなった債権が移転されるか、新たな債権が創出されるかのいずれかであり、原理が観察されるか否かに応じて、国家や銀行家、小作人が繁盛か破産をし、当該の債務が満期を迎えるにつれて、それと同時に使用可能な債権で充足させなければならない。

漏れなく優れた銀行家の目的は、各営業日の終了時点に、他の銀行家に対する債務が、その銀行家に対する債権と併せて、自らの保有下にある「法定通貨」や政府に対する債権額を超過しないように確認することである。この必要条件が、必要「貸出」額の上限を決める。

他の銀行家への支払いに用意しなければならない小切手の金額、及び自らの支払いのために提供されるその金額を極めて正確に経験から熟知し、そうする事で、ある日支払わなければならない債務が、その日に債務と突き合わせる債権より多く保有するリスクを冒すことになる場合、手形の買い取りや融資を拒むだろう―すなわち、先々の支払い対価として、現時点における債務の引き受けを拒絶する。

将来時点で支払い期日を迎える債権は、別の銀行家に至急支払わなければならない債務に対して相殺不可能である、と肝に命じておかなければならない。相互に相殺が予定される債務と債権は、同時に「予定(due)」されなければならない。

過大な地位が、イギリスでは手元の現金、アメリカでは準備金と呼ばれるもの、換言すると、銀行の所有下にある法定通貨の金額と通俗的に関連付けられ、物事の自然な成り行きとして、銀行の貸出能力と支払い能力がこの準備金の多寡に依存すると一般的に考えられている。

実際、上述の内容を過剰にはっきりと且つ断固として言い切るのは不可能であり、こうした法定通貨の準備金は、科学的な見地から見て、他のあらゆる銀行資産と同様に意義を有していない。

他のどんなものとも同じく唯の信用であり、それが預金額の25、10、1、0.25%のどれでも、少なくとも銀行の支払い能力に影響を及ぼさないだろう、ひいては、アメリカ合衆国が法律によって、決して保持すべきでなかったこれらの準備金に重大な地位を付与したことは遺憾である。

そうした立法行為は、預金者が自分達の預金を、金や「法定通貨」で支払われる権利を持つ、といった現代で伸長した謬見が間違いなく原因である。通常の状況で、兎に角持つことがないような権利を敢えて授ける法律を私は知らない。

預金者は、第三者に対する権利を銀行家に売り渡す*7、より正確に言うと、銀行家の支払い能力がある限り、預金者の権利は、その受け取りを希望する者がいれば、債権を第三者に移転する以外にない。

しかし、大半の国々♰8が採用した法定通貨制度は、当初予想していなかった、意図せぬ間接的な影響を生み出している。


*7 この契約は、ローマ法で「mutuum」と呼ばれた。

♰8 巨大な商業国家である中国は、そのような法律がない。ヨーロッパの発明だと思われる。

P405(29/32ページ目)

その法律の狙いは、金や銀を決済基準にするのではなく、金属の材質と関係なしに、政府が公式に押し付けた価値で発行した硬貨に基づく債権の清算を、債権者が辞退しないように要求しているに過ぎない。

それから、これら法律の存在意義は、決して債務を支払う法的手段を整備することではなく、硬貨の価値を維持することであり、既に説明した通り、ある価値で発行して別の価値で受領する政府の大義名分によるか、または過剰債務に種を蒔く政府の支払い不能を理由として、常時の変動に対する責任を担っている。

そうした法律の法的効果が如何なるものか、といった議論は法律家に任せよう。公共心に対する実際的効果こそ、関心を引く一切である。

イギリスとアメリカ等の標準的な硬貨が金の一定重量である国では、債権者が、債務の皆済時に、こうした硬貨や等価の紙幣で受け取ることを義務化し、債務を清算する他の手段に言及しない法律によって、それが債務を決済する唯一の法的手段である見当を公共心に胚胎させ、したがって、債権者が金貨を需要する権利を享受するのは無理もない。

この印象の効き目は、一際嘆かわしい。預金者の頭の中で疑念が生じると、債権の弁済を硬貨やその等価物、具体的に国営銀行に対する債権や「法定通貨」ですぐさま要求する。

ー恐らく、従うことが不可能な要求、よって銀行は支払い能力がないという意見が流布してパニックを増幅させることになる。

その結果、資金繰りが逼迫し始めた時点で、銀行は1つ残らず、その債務者に硬貨や政府に対する債権で支払うことを強要し、これらの債務者が、今度は自分自身の債務者から同額の納付金を徴収しなければならず、自分の身を守るため、できる限り支出を切り詰めざるを得ない。

この状況が全般化すると、売買が比較的狭い範囲に限定され、債権を削減できるのは購入によってのみであり、債務を履行できるのは売却によってのみであり、誰もが売却を実現できないため、自分達に支払われるべき債務の履行を要求して、支払いが滞る事態が発生する。

そうして、パニックは悪循環に陥る。一旦、銀行の預金者になって、その銀行に債権を売り渡した後では、硬貨や政府債券での支払いを要求する権利がない状態に陥ると当事者全員に悟らせることで、法定通貨制度の廃止が、そのような状況を緩和するのに一役買うだろう。

通常の状況下では、ブーツ製作者が正常な取引状態に向けて十分な多岐にわたるブーツの在庫を維持するのと同じように、銀行家は希望する顧客を満たす分だけの硬貨や政府に対する債権を保有するだろう。

そのような需要が急遽降りかかった場合、ブーツ製作者が顧客全員に1種類のブーツを供給できる以上に、銀行家は預金者全員に現金で払い出すことはできない。

もしも銀行家が、通常要求される以上の現金を供給し続けている場合、その理由は、アメリカ合衆国のように、その通りに実行する事を強制する法律が有るか、貸付金の「金属的裏付け」の必要性に関して伸長してきた考え方に根差し、大量の現金供給によって、国民が銀行の支払い能力に信頼を寄せているか、あるいは又しても、この考え方が蔓延したせいで、こうした形態の預金引き出しに対する常軌を逸した需要が突如発生している可能性かのいずれかである。

P406(30/32ページ目)

法定通貨制度が、硬貨や紙幣の実質価値と見た目の価値を維持するのにどの程度まで成功できるかを言い当てるのは、恐らく困難だろう。

植民地時代がそうであったと思われず、そればかりか、裁判長チェースは、1,872年の有名な法定通貨に関する裁判で、その効果は意図されたものと逆であり、法律は、政府紙幣の価値を維持せず、実質的に押し下げる傾向があるという見解を反対意見の中で表明した。

これが何にせよ、私はチェース氏に同意したいと思えず、適切に主導された財政を持つ国で、そうした法律が通貨単位の維持に不要なのは確かだと思われる。

不換紙幣に関連する、裁判長チェースの言辞を借りると「政府に対して履行しなければならない債務の受容可能性」こそが、本当の意味で通貨を下支えしているものであり、法定通貨制度ではない。

尤も、債権者が受ける債務履行の性質に関する紛争を回避するため、債務の清算時に債権者が受領しなければならない何某かの標準的な「貨幣」を、政府が供給することは最低限必要だと主張されている。

しかし、実際、この点において何らの困難も経験されていない。

債権者が、債務が履行されることを欲する場合、大抵は自分の債務者を変更する腹づもりでいる。つまり、銀行家に対する債権を希望した結果、それを直ぐに利用するか、使わずに安全な状態でとっておくことができる。

故に、民間の債務者は全員、債務の期日が到来した時、信頼できる銀行家に対する債権を自分の懐へ移転するように要求する。支払い能力がある債務者は全員、この方法で債権者を満たすことができる。

法律は必要とされない。商取引は1つ残らず、それ自体を自動的に調節する。

1,820年の時点で、1,797年からイギリスで正貨の支払いが停止した20年以上の間、流通している金貨は無く、その地位が法定通貨ではないイングランド銀行の紙幣に取って代わられ、その価値は金から見て常時変動した。

ただ、この点において、何らの経済的困窮も気づかれることなく、商業はこれまで通りに継続した。仮に物質的な意義があった場合、中国(私は、他のアジア諸国もそうであると確信している)は、その法律なくしては交易を大方継続できなかっただろう。

銀行券の性質に関する主題以上に、銀行業務の問題に関する意見の混乱は存在しない。それは一般的に金の代替品とされ、故に発行が厳格に規制されることが、紙幣の安全性にとって欠かせないと見做されている。

銀行券の発行は、アメリカ合衆国では政府債務に「基づく」、イギリスでは金に「基づく」と言われる。その価値は、金に兌換できる事実次第だと信じられているが、ここでも再び、歴史が理論を反証している。

P407(31/32ページ目)

先ほど言及した期間、イングランド銀行券の金に基づく支払いが一時停止された時、有名な地金委員会は、素晴らしい実務経験を持つ多くの参考人によって証言された通り、金の基準というものは最早存在せず、国内で紙幣の価値は影響を受けないと認めざるを得なくなった。

金が異常な高値に騰貴し、イギリス全土の貨幣と共にイングランド銀行券の交換価値が下落していたケースでは、トーマス・トゥックの有名な「物価史(History of Prices)」で詳細に示された通り、大英帝国が軍事作戦と諸外国への補助金を目的とした莫大な海外支出によって、当該諸国に対する債権を大幅に超過した多額の債務を累積させた事実によるものであり、他国の通貨から見てイギリス・ポンドが下落したのは必然的帰結である。

やがて債務が清算されると、イギリスの債権は正常値に復帰し、当然のことながら、金の価格がポンドから見て下落した。

さらに、長年の間、ギリシャ通貨が諸外国で割引状態にあった時、これは諸外国に対するギリシャの債務超過が原因であり、平価を少しずつ取り戻すために何よりも尽力したのは、アメリカ合衆国に移住したギリシャ人の預貯金からギリシャ銀行へ送金される預り額を定期的に増やし続けた取り組みである。

こうした預り金は、アメリカ合衆国からギリシャへと支払わなければならない債務を成し、対外債務の利子として、ギリシャの履行しなければならない定期払いを相殺した。

その反対に、アメリカ合衆国でグリーンバック(greenbacks)が減価した時、国民に対する政府の過剰債務が原因で、通貨が国内で独自に切り下げられた。

銀行券は、銀行の預金記録に記帳する行為と本質的な点で少しも変わらない。銀行券は、そうした記帳と同じく銀行家の債務承諾書であり、あらゆる類の承諾書と同様に「支払う約束」である。

預金記録と銀行券の唯一の違いは、一方は通帳に、他方はルーズリーフに記入される点である。

一方は預金者の名義で、他方は「持参人」として効力を発揮する承諾書である。こうした銀行の負債を記録する手法は、いずれも特定の用途を持つ。

一方は、預金額やそのどんな割合も為替手形によって、他方は、預金額やその一定割合が単に人の手から手を伝って受領書を移すことで、譲渡可能である。

貨幣の量的理論によって、どの政府も「貨幣」の過剰発行を抑えるため、紙幣の発行を規制せずにはいられなかった。しかし、格別の脅威が銀行券に潜んでいるという発想は根拠を伴っていない。

銀行券の所有者は、ひとえに銀行の預金者であり、銀行券の発行が預金者にとって便利なだけである。

銀行券の発行を規制する法律は、効果を全く生まないほど弾力的な制約を設ける可能性があり、その場合は無用である。また、商業にとって実際の不都合である位に規制する可能性があり、その場合は迷惑である。

紙幣の発行を制限することで銀行業務の規制を試みるのは、銀行業務の問題全体を完全に誤解して、間違った目的から着手している。

危険の種があるとすれば、銀行券ではなく、分別のない不誠実な銀行経営にある。債権と債務の原則に関する適切な理解の下、一旦、銀行経営が誠実な人間に運営されることを保証すれば、紙幣発行は自ずと管理された状態になる可能性がある。

P408(32/32ページ目)

繰り返しになるが、商業は貴金属と何らの関係も持たず、仮に世界中の金と銀が今やそっくり消滅しても、従前と変わりなく継続し、それだけの貴重な財産を失う以外の効果は生じないだろう。

金の神話は、法定通貨制度と相俟って、ある種特有の美点が中央銀行にあるという感覚を助長してきた。それは、金の国家備蓄を保護する時に重要な役割を果たすと考えられている。

これは、双方の貴金属価格を固定する不毛な取り組みを何世紀も経た後、ヨーロッパ政府が金の価格を固定するか、または少なくとも変動の狭い上限と下限の範囲で価格を維持することに上手くいった時、実際に成し遂げられた事を弁明するその他諸々と同じ社会的評価しか恐らく得られないだろう。

イギリスでは、金の価格が法律によって、当時の市況価格を僅かに上回る現在価値に固定されたのは1,717年だが、ナポレオン戦争の終結から暫く経ってからも、金属は王家の命令に少しの間も従って動くことなく、そうなった時は主に2つの理由である。

19世紀の間、債権の価値が大きく安定した事と金の生産量が激増した事である。

この原因の第1のものは、ペストと飢饉が消滅した影響と初期の戦争に付随した損害の緩和、さらに就中、財政に関して向上した政府組織である。これらの変化によって、繁栄と当初知られていなかった債権の価値が安定した状態―特に、政府債権―を生み出した。

第2の原因は、金の市況価格のどんな値上がりも防止し、金をどんな数量でも固定価格で購買して、実質的に同一価格で再販する政府とイングランド銀行に引き受けられた協約が、その減価を阻んだことである。

そう取り仕切っていなかった場合、金の市況価格は、現在の1オンス当たり、3ポンド17シリング10.5ペニーそのままでない、と言って差し支えない。

数年の間、実にイギリスで現金の支払いが再開した後、金は事実1オンス当たり、3ポンド17シリング6ペニーに下落した。

実際、世界の政府は金を買い占め、法外な値段で据え置くために共謀し、鉱山所有者の莫大な利益と残る人々の損失につながっている。

この政策の帰結として、数10億ドル相当の金が銀行と国庫の金庫室に保管され、より合理的な政策が採られるまでは、その奥底から決して姿を現さないだろう。

紙幅の都合で、この論文をここで結び、貨幣の信用理論が引き起こす数多くの興味深い疑問に関する考察を抑えなければならない。その最も重要なものが、恐らく、既存の通貨制度と物価上昇の密接な関係である。

後世の人々は、19世紀と20世紀の先人を笑いものにするだろう、それによって高度な経済法則に従い、世界の富と繁栄を向上させるという信念で、地下牢に監禁するための金を厳めしく買い込んでいたのである。

我が主よ、経済と金融の知識を誇る1世代に及ぶ不可解な迷妄が、祈念しよう、これ以上生き永らえないことを。ひとたび貴金属が私達の暮らす時代に似つかわしくない法則の呪縛から解き放たれた時、果たしてその使い道が世界全体に恵みをもたらすための保管ではないと気付く人はいるのだろうか?



参考文献

【手形】
「手形は、12~3世紀頃から、イタリアをはじめ地中海沿岸諸都市間において、貨幣現送の困難と経費の縮減を目的とした他所払約束手形、および送金為替手形として発生した(そして後者の一般化は前者を駆逐した。)14世紀頃になると、南ヨーロッパを中心として為替手形が商品の遠隔地間の信用取引に利用され、やがて手形の第三者への譲渡が慣習的に行われるようになった。」
『貨幣論概要』P121 原 薫 / 遠藤 茂雄

【手形の割引】
「『手形割引』とは、銀行がその依頼者にたいする手形金額の支払いにさいして、手形の支払期日までの利子を差し引いて渡すことから、こう呼ばれている。」『貨幣論概要』P121 原 薫 / 遠藤 茂雄

【小切手】
「小切手とは、発行者(振出人)が一定金額支払いを支払人(銀行)に委託する支払委託証書である(必ず一覧払い)。このばあい、振出人は預金者であり、銀行が支払人として、その預金の支払いを委託されることになるが、その支払いは、振出人から小切手を受け取った者(受取人)がこれを銀行に呈示し支払いを受けることによって、はじめて完了する。なお、この小切手の使用は、イギリスにおいて18世紀の後半から普及し、株式銀行の発展に伴う支店網の拡充や手形交換制度の確立を基盤として、発達を遂げた。」『貨幣論概要』P128 原 薫 / 遠藤 茂雄

【為替手形】
「商業手形には、約束手形(promissory note)と為替手形(bill of exchange)の2種の形態がある。

約束手形は、商品の購買者(債務者)が販売者(債権者)にたいして一定金額を一定期日に支払うことを約束する貨幣支払約束書であり、購買者によって振出され、販売者に渡される。

これにたいして為替手形は、発行者が、一定期日における一定金額の支払いを第三者に委託する支払委託証書であり、商品の販売者が手形を振出し、これを購買者に呈示して『引受』(この支払いを支払人としての支払いの確認)を得た上で、販売者が支払いを必要とする者(受取人)に渡される。そしてこの引受によって為替手形は『引受手形』となり、支払委託証書でありながら、同時に引受人(購買者)の貨幣支払約束書としての性質をもつものとなる。」『貨幣論概要』P118・119 原 薫 / 遠藤 茂雄

【銀行券】
「銀行券の流通は商業手形の流通を基礎としており、商業手形の流通がその歴史的な前提となっている。

銀行券の形式も、その当初においては、一般に、現在みるような定額券ではなく、その時々に必要な金額がそのまま手記された端数額面のもので、貨幣の受取人名が記入され(記名人または持参人払式)、さらに、流通(譲渡)にはその都度裏書を必要としたり、利子付のものも存在する、等々、形式上も商業手形と同様な点も多くもっていた。

しかし他方では、商業手形が商業信用の流通用具として、基本的には延払証書であるのにたいして、銀行券は当初から、要求払の貨幣支払約束書の形態をとっていた。

また銀行券の形式の上でも、券面の定額化、無利子化、裏書の不要化、持参人払化(受取人名の削除)、等々、流通に適した信用貨幣としての単純化が進み、このようにして兌換銀行券ー持参人にたいして要求次第額面の貨幣を支払うという約束書ー生成するのである。

…こうして銀行券の流通は、資本家間の大口取引の領域を超えて拡大し、流通手段として一般的に流通するようになる。銀行券は、近代的な信用制度が創造した信用貨幣の典型的な形態となったのである。」
『貨幣論概要』P121・122・P123 原 薫/遠藤 茂雄 

「シュンペーターは表券的手法について著したが、生憎、その定義を狭め過ぎている(グリーンバック主義者と同じように、表券的手法を法定通貨の手法と同一視した)。しかしながら、クナップもイネスも、政府通貨が法定通貨制度のおかけで受領されると一般に言われている、法定通貨の手法を採用しなかった。クナップは、法定通貨制度を「はかない望み」の表れに過ぎないと考えた。イネスは、法定通貨制度の廃止を提唱し、法定通貨制度が「通貨を本当の意味で下支えしている」淵源というより、むしろ銀行経営を後押しすると主張した。イネスは、表券的手法について言及しなかったが、彼の分析は、ほぼ表券的手法と整合している。」『Credit and State Theories of Money, The Contributions of A. Mitchell Innes』L. Randall Wray,2004,p242


タイトルとURLをコピーしました