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【翻訳】イングランド銀行 季刊誌『現代の経済における貨幣創造』前半

イングランド銀行
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イングランド銀行は、季刊誌現代の経済における貨幣創造』の中で信用創造について解説しています。この記事の…

原文を翻訳しました

記事を以下の通り、2つに分け、大まかにページ数を振りました。

  1. 序文・概要・本文
  2. 本文・結論・囲み記事

本ページは、訳文前を掲載しています。

※1 この翻訳記事は”Money in the modern economy : an introduction and Money creation in modern economy.(Quarterly Bulletin 2014Q1)in the publication Quarterly Bulletin 2014 Q1, authored by Michael McLeay, Amar Radia and Ryland Thomas and copyright of the Bank of England 2014”の英文記事を、イングランド銀行の同意を得て翻訳したものです。
※2 原文のURLはhttps://www.bankofengland.co.uk/quarterly-bulletin/2014/q1/money-creation-in-the-modern-economy
※3 イングランド銀行は、この翻訳文を見直したり、翻訳の精度や完全性に関する保証を一切行ったりしません。この翻訳のあらゆる複製は、イングランド銀行と訳者の承諾を必要とします。

※4 個人の翻訳である点、何卒ご了承ください。翻訳上の誤りや分かりづらい点は、訳者に責があります。
※5 原文のイタリック体の箇所は下線表記
※6 本文中に登場するグラフは、スクロールの手間を省くため、同じグラフが何度か登場します。

序文

イングランド銀行の貨幣分析ディレクター、マイケル・マクレイ、アマール・ラディア、ライランド・トーマス(1)(Michael McLeay, Amar Radia and Ryland Thomas of the Bank’s Monetary Analysis Directorate)


  • 本稿は、現代の経済における貨幣の大多数が、貸出を行う商業銀行によって創造される仕組みを解説する。

  • 実際の貨幣創造は、一部の通俗的な誤解と齟齬があるー銀行は、預金者が預けた預金を又貸しする、単なる代理人として行動するのではなく、新規貸出と新規預金を創造するために中央銀行貨幣を「乗数化させる」訳でもない。

  • 経済の中で創造される貨幣量は、突き詰めると、中央銀行の通貨政策によって決定される。平時において、これは金利を定めることで執行される。中央銀行は、資産購入や「量的緩和」を通じて、貨幣量に直接影響を与えることも可能である。

概要

現代の経済における貨幣は大抵、銀行預金の形態を取っている。ただし、その銀行預金が創造される仕組みは、誤解されることが多い。原則的な方法は、商業銀行の貸出を通じている。

銀行が貸出を行う都度、それと同時に匹敵する預金を借り手の銀行口座内に創造し、それによって、新規の貨幣を創造する。

今日、貨幣が創造される現実の仕組みは、経済学の教科書に見受けられる記述と齟齬がある。

  • 銀行は、家計が預けた時に受け取った預金を貸し出すのではなく、銀行の貸出が預金を創造する。
  • 平時において、中央銀行は流通している貨幣量を一定に据え置くことはせず、中央銀行貨幣が乗数化して、より多くの貸出と預金になる訳でもない。

商業銀行は貸出を通じて貨幣を創造するが、その通りに惜しみなく無条件に行うことはできない。競争が激しい銀行業界で収益を維持しなければならない条件の下、銀行の貸出額には潜在的上限がある。

金融システムの強靭性を保つために、慎重な規制が銀行の営業活動に対する制約となる。

さらに、新規の貸出によって創造された貨幣を受け取る家計と企業は、現金残高に影響する行動を取るー例えば、既存債務を返済するために使うことで、貨幣を迅速に「破壊」するー可能性がある。

通貨政策は、貨幣創造に対する最終制約としての役割を果たしている。イングランド銀行は、経済圏の貨幣創造量が安定した低インフレと必ず調和するように取り図る。

平時において、イングランド銀行は中銀準備金の金利を定めることで通貨政策を措置している。これにより、銀行貸出を含む、経済の様々な利子率に波及する。

特殊な環境の下で、利子率が効果を発揮する水準の下限値にある時、経済の貨幣創造と支出が、中央銀行の掲げた通貨政策目標に照らして尚少なすぎる可能性がある。

対応の1つとして考えられるのは、一連の資産購入や「量的緩和(QE)」を受任することである。QEには、主として非金融法人から資産を購入することで、経済圏の貨幣量を直接増やす狙いがある。

QEは、まず初めに企業が(売却する資産の代わりに)保有している銀行預金の額を拡大させる。すると、当該企業は利回りが高い資産を購入し、資産価格を吊り上げて経済の支出を刺激することで、資産配分の組み替えを望むようになる。

QEの副産物として、新たな中銀準備金が創造される。しかし、これは波及する過程の大した要素ではない。

本稿は、平常通り、準備金が乗数化してより多くの貸出と預金になることは不可能な仕組みと、銀行にとって「自由に使えるお金」ではない理由を解説する。


(1)作者は、本稿の作成に対するLewis Kirkhamの力添えに感謝の意を表したい。

本文

導入

本稿に対する姉妹編「現代の経済における貨幣:概論」は、貨幣が創造される仕組みを類型別に手短に触れることで、貨幣が意味するものと現代の経済に賦存している様々な貨幣について、その概要を提供している。

本稿は、現代の経済における貨幣創造をさらに詳しく掘り下げる。

記事は、貨幣創造に関するよくある2つの誤解を紹介する所から始め、現代の経済において、貨幣がもっぱら貸出を行う商業銀行によって創造される仕組みを解説する(1)

次に、貨幣を創造する銀行業界の能力に対する制約と併せて、信用と貨幣の拡大が通貨と金融の安定に適うことを保証する際に中央銀行の政策が果たす重要な役割について考察している。

最終節は、量的緩和(QE)を実行している間、貨幣が波及する仕組みの中で果たす役割を検討し、貨幣創造とQEを巡る幾つかの神話を払拭する。短い動画が、本稿で対象とする重要な議論を一部解説している(2)

貨幣創造に関する2つの誤解

国民によって保有されている貨幣の圧倒的多数は、銀行預金の形態を取っている。しかし、銀行預金の出所は誤解されることが多い。

よくある誤解には、単なる代理人として振舞うだけで、預金者が預けた預金を又貸しするというものがある。

この見方では、家計がお金を預ける決断に踏み切ることで、預金は典型的に「創造」され、次に、銀行が兼ねてから手元に有る預金を、例えば、投資資金を探している企業や住宅の購入を望んでいる個人等の融資先に「貸し出す」。

実際の所、家計がお金を銀行に進んで預ける時、その貯金は、さもなければ、財とサービスの決済で企業に流入していた筈の預金を犠牲にして実現したに過ぎない。貯金自体は、預金や銀行が貸出で「利用可能な資金」を増やすことはない。

いかにも、銀行を単純に代理人と見做すのは、現代経済の現実として、商業銀行が預金貨幣の創造者である事実を蔑ろにしている。

本稿は、銀行が預託されたお金を貸し出すのではなく、貸出の行為が預金を創造する節理ー教科書でよく記述される順序の逆(3)ーを解説する。

もう1つのよくある誤解は、中央銀行が、中央銀行貨幣の多寡を制御することによって、貸出量と預金量を決定するーいわゆる「貨幣乗数」の手法ーである

その見方では、中央銀行が準備高を決めることで、通貨政策を措置している。そして、広義の通貨のベース・マネーに対する比率が一定と仮定されているため、次に、この準備金が「乗数化」して、銀行の貸出と預金に大きな変化がもたらされる。

理論が生き残るためには、準備高が貸出を拘束する制約でなければならず、中央銀行が準備高を直接確定しなければならない。

貨幣乗数理論は、経済学の教科書において、貨幣と銀行を紹介する便利な方法かもしれないが、現実の貨幣が創造される仕組みの正確な記述ではない。今日の中央銀行は準備高を制御するのではなく、準備金の対価ーすなわち、金利ーを定めることで、通貨政策を通例的に措置している。

実際には、準備金が貸出を拘束する制約でもなければ、中央銀行が利用可能な準備高を決めるのでもない。預金と貸出の関係と同様、準備金と貸出の関係は、一部の経済学の教科書で典型的に記述されるのとは逆の仕方で作用している。

まず銀行は、融資の収益機会によって貸出額を決めるー専ら、イングランド銀行の規定金利に依存している。銀行業界によって創造される銀行預金の多寡は、この貸出の意思決定次第である。

銀行預金の多寡が、今度は銀行が(国民の引出に対応したり、他所の銀行に決済したり、あるいは規制当局による流動性要件を満たすために)保有したいと思う中央銀行貨幣の多寡に影響し、次に平時において、その中央銀行貨幣が要求に応じてイングランド銀行によって供給されている。

続いて本稿は、上記の実務について詳細に検討していく。

現実の貨幣創造
貸出が預金を創造する ー 広義の通貨を集計段階で定義する

現代の経済における貨幣:概論」で説明した通り、広義の通貨は、経済圏における家計と企業によって保有される貨幣総額の指標である。

広義の通貨は、銀行預金ー原則として、商業銀行の家計と企業に対する借用証書ー、且つ通貨ーその大部分が中央銀行の借用証書ーによって構成される(4)(5)

2つある広義の通貨の内、銀行預金が圧倒的多数ー現在流通している金額の97%(6)ーを占めている。そして、現代の経済において、銀行預金の大部分が商業銀行によって独自に創造されている


(1)本稿全体を通して「銀行」と「商業銀行」は、銀行と住宅金融組合を同時に指している。(2)www.youtube.com/watch?v=CvRAqR2pAgw を参照。
(3)現実における貨幣創造の「内生的」性質を確かに認知している長大な文献がある。例えば、ムーア(Moore,1988)とハウエルズ(Howells,1995)、パリー(Palley,1996)を参照。
(4)イングランド銀行によって使用される広義の通貨の定義M4exは、通常の預金よりも広い範囲の銀行負債を含めている。より詳しくは、バーゲスとジャンセン(Burgess and Janssen、2007)を参照。分かりやすくするため、本稿は預金としての負債を漏れなく記述している。
(5)流通している通貨の約6%が硬貨であり、英国王立造幣局(Royal Mint)によって製造されている。イギリス経済圏で流通している銀行券の内、イングランド銀行で保持されるイングランド銀行貨幣と完全に対等ではあるものの、スコットランドと北アイルランドの商業銀行によって発券されている物もある。
(6)2,013年12月時点。

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商業銀行は、新規の貸出を行うことで、貨幣を銀行預金の形態で創造する。

例えば、銀行が住宅を購入する抵当権設定者などに融資を実行する時、数千ポンドに相当する紙幣を譲渡することで、その通りに業務を行っているのではない。

そうではなく、抵当権設定額と等しい預金額を銀行口座に記帳する。

その瞬間、新規の貨幣が創造される。

こうした理由から、経済学者の中には、融資承認時に銀行家のペン・ストロークで創造されるため、銀行預金を「万年筆マネー」と呼ぶ者もいる(1)

この過程は図1でイラスト化され、新規の貸出によって、同じ経済圏に属する相異なる部門のバランス・シート(同様のバランス・シート図表は『現代の経済における貨幣:概論』で紹介済)が変化する様子を図示している。


図1の3列目で示される通り、新規預金が消費者(ここでは、家計と企業を表している)の資産-追加の赤い棒ーを積み増し、新規貸出が消費者の負債ー追加の白い棒ーを積み増している。新たな広義の通貨が創造される。


同様に、商業銀行部門のバランス・シートの両側は、新規貨幣と新規貸出が創造されるにつれて拡大している。

図1の簡便な図表は、新規貸出額と同額であるとして創造される新規貨幣額を示しているが、実際の所、その後に続いて、預金額が貸出額と乖離する幾つかの要因に留意しなければならない。これは、次節で詳しく検討する。


新しい広義の通貨が、消費者のバランス・シート上で創造されるのに対して、図1の1列目に目を向けると、これはーまず初めに、少なくともー中央銀行貨幣や「ベース・マネー」に全く変化がない。

既に考察した通り、従前より増額した預金残高が意味するのは、銀行が国民の引出に対応したり、他所の銀行に決済するために、より多くの中央銀行貨幣の保有を望んでいるか、または要請されている事態である。

平時において要求があり次第、バランス・シートの他の資産と引き換えに、準備金がイングランド銀行によって商業銀行へと供給される。何にせよ、総準備高が銀行の貸出額や預金の創造額に直接制約を設けることはない。

以上の貨幣創造の記述は、前段で紹介した通り、兼ねてから手元にある貨幣を貸し出すしか方法がないという観念と対照を成している。

銀行預金は、銀行自体が顧客に対して背負う金額の記録でしかない。そのため、それは銀行の負債であり、貸出の原資になり得る資産ではない。

それと関連した誤解は、銀行が準備金を原資として貸し出すことができる、というものである。消費者はイングランド銀行の準備金口座にアクセスする術を持たないため(2)、準備金が銀行相互間でのみ融通される。

預金の創造と破壊を行う、もう1つの手段

新規の借入が貨幣を創造するように、銀行ローンの返済は貨幣を破壊する(3)

例えば、消費者が月の間中、クレジット・カードを使ってスーパーで支出したと仮定しよう。


クレジット・カードを使った買い物によって、消費者のバランス・シートにある未返済金と、スーパーのバランス・シートにある預金がそれぞれ増加する(図1と同じ仕組み)。

次に、消費者が月末にクレジット・カードの請求書を完済したとすると、消費者の銀行はクレジット・カードの請求額に応じて、消費者口座の預金額を削減し、こうして新規に創造された全額を破壊する。


本文 注釈
(1)万年筆マネーは、トービン(Tobin,1963)において考察され、彼は、銀行が無限の貨幣量を実際に創造することはできない、という主張を行った文脈で言及している。
(2)一部の経済学者が「超過準備」ー準備要件の規制を超過する保有残高ーに言及する時の「準備金」という言葉の使用から混乱が生まれている部分もある。この文脈で「準備金を貸し出す」は、銀行が最大比率に達するまでの間、貸出と預金を増やす過程を描写する簡便なやり方であると言えなくもない。イギリスでは、準備金要件が存在しないため、イギリスの銀行にとっての関連性は低下している。
(3)ブリッジズ、ロシッター、トーマス(Bridges, Rossiter and Thomas 2011)とバット(Butt et al 2012)で詳しく考察されている通り、2,008年以降のイギリスで銀行貸出が落ち込んた事こそ、経済圏にある貨幣の伸び率が危機に至る数年より大きく低下した重要な理由である。

図1 注釈
(a)バランス・シートは見やすさのため、高度に定型化されている。図示された各種の貨幣量は、部門別バランス・シートで実際に保有されている量と合致しない。
(b)中央銀行のバランス・シートは、ベース・マネーの負債とそれに相応する資産だけを図示している。実際の所、中央銀行は非貨幣負債を別に保有している。その非貨幣資産の大部分が政府債務である。政府債務は、イングランド銀行の資産買取基金(APF)によって保有されているが、イングランド銀行の連結バランス・シートにその通り直接現れる訳ではない。
(c)商業銀行のバランスシートは、融資実行前の貨幣資産と貨幣負債だけを図示している。
(d)消費者は、家計と企業の民間部門である。バランスシートは、広義の通貨の資産とそれに相応する負債だけを図示しているー現に取引されている住宅等の実物資産は、図示されていない。消費者の非貨幣負債は、担保の有無を問わない貸付を含んでいる。

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銀行が貸出を行って消費者がそれを返済する行為は、現代の経済において、銀行預金の創造と破壊が行われる最重要手段である。しかし、決して唯一の手段ではない。

(中銀含む)銀行部門が、消費者乃至はそれ以上の頻度で企業や政府と既存資産を売買している都度、預金の創造や破壊が発生している。

銀行が政府債券を売買する行為は、銀行による既存資産の購入や売却が貨幣の創造と破壊を行う中でも重要な手段である。

例えば、預金者が通貨を多額に引き出したい場合(1)銀行は、中央銀行貨幣を手に入れるため、迅速に売却処分できる流動資産の一部として政府債券を長期保有することが多い。

銀行は、政府債券をノン・バンクの民間部門から購入する時、売主の銀行預金に入金している(2)

そして、本稿で後述するように、量的緩和(QE)として知られる中央銀行の資産購入は、貨幣創造に同じような影響を与える。

貨幣の破壊は、銀行による固定負債と資本証券の発行を通しても実現する。預金に加えて、銀行は他の負債をバランス・シート上で保有している。

銀行は、未知のリスクを軽減して規制要件を満たす目的として、とにかく一定の資本と固定負債の保有を保証するために負債をやり繰りする。

こうした「預金以外の」負債は、家計と企業を主体とした金融制度上の長期投資に該当するため、銀行預金のように通貨と事もなく交換することはできず、従って銀行の強靭性を引き上げている。

銀行がこの固定負債と資本証券をノン・バンクの金融法人に対して発行する時、当該法人は銀行預金を使って決済する。それにより、銀行部門のバランス・シートにある預金や通貨、負債を削減し、預金以外の負債を加算している(3)

既存資産の売買と固定負債の発行によって、閉鎖経済の内部で貸出と預金の乖離を招く可能性がある。

さらにイギリスのような開放経済では、預金が国内居住者から海外居住者へ移転し、スターリング建ての預金は外貨建ての預金に変換される可能性がある。

これらの取引は、それ自体では貨幣を破壊しないが、海外居住者の預金と外貨建ての預金が必ずしも国内の貨幣供給の一翼を担うとは限らない。

広義の通貨創造に対する制約

商業銀行は、貸出の行為を通じて貨幣を創造するものの、実際その通りに際限なく実行することはできない。特に、融資額ーすなわち、銀行が請求する金利(と諸経費)ーは、家計と企業の借入希望額を方向付ける。

数多くの要因が、新規融資の相場、中でもイングランド銀行の通貨政策に影響を及ぼし、経済活動の様々な利子率に波及する。

銀行業界による貨幣創造に対する制約は、ノーベル賞を受賞した経済学者ジェームズ・トービンの論文で考察され、この話題は近年、数多くの経済評論家とブロガーの間で論争の火種になっている(4)

現代の経済において、銀行の貨幣創造を潜在的に抑制する一連の制約が、大きく分けて3つある。

(ⅰ) 銀行だけでは、貸出額の潜在的上限に直面する。特に…

  • 個々の銀行は、競争が激しい市場で収益を確保して融資を実行しなければならないため、市場原理が貸出を制約する。
  • 銀行は、追加融資に関連するリスクの緩和措置も講じなければならないため、貸出が制限される。
  • 規制政策は、金融システムの安定性を損なうリスクの増幅を抑えるために、銀行の営業活動に対する制約となる。 

(ⅱ) 貨幣創造は、貨幣の保有者ー家計と企業ーの行動によっても限定される

新たに創造された貨幣を受け取る家計と企業は、それを即刻破壊する取引ー例えば、未払いローンの返済などーに着手することで対処する可能性がある。

(Ⅲ) 貨幣創造に掛かる最終制約は、通貨政策である

イングランド銀行の通貨政策は、経済圏の利子率に干渉することで、家計と企業の借入希望額に影響を与える。

これは、銀行の請求金利に影響することを通じて直接的に、経済活動に対する通貨政策の全般的な効果を通じて間接的に、いずれの場合も生じる。

その結果、イングランド銀行は、貨幣の伸び率が安定的な低インフレの目標に調和していることを保証できる。本節の残りは、以上の仕組みがそれぞれ実際にどう働くのか、を説明する。


(1)ファラグ、ダミアン、ニクソン(Farag,Harland and Nixon 2013)によって詳しく記述されている通り、一定の政府債券が、堅実な流動性要件を満たす方向で追加保有されるのは、こうした背景による。
(2)図1等のバランス・シート図表では、銀行による消費者の手元にある政府債券の購入が、顧客の資産構成が政府債券から預金へ変容し、商業銀行のバランス・シート上にある預金と政府債券が共に増加したことを意味している。
(3)ブリッジズ、ロシッター、トーマス(Bridges, Rossiter and Thomas 2011)とバット(Butt et al 2012)で詳しく考察されている通り、商業銀行による政府債券の購入及び固定負債と長期資本の発行は、金融危機の間、広義の通貨の伸び率に重要な影響を及ぼしている。
(4)トービン(1,963)は、飢饉の間、寡婦が油の壺(鍋や瓶)を奇跡的に補充できたという聖書の物語(ジョン・メイナード・ケインズによって経済学の中で以前から言及されていた)に言及しつつ、銀行は「寡婦の壺」を持たないと主張した。トービンは、預金に自ずと匹敵し得る貸出回数には限りがあると主張していた。

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(ⅰ)銀行の貸出額に対する潜在的上限
  各個別銀行に降りかかる市場原理

図1は、銀行を集計した部門に関して、貸出が匹敵する銀行預金と抱き合わせで創造される様子を示している。しかし、あらゆる既存の個別銀行が、貸出を惜しげもなく実行し、貨幣を際限なく創造できるとは限らない。

その理由は、銀行が競争的な市場環境で、収益を実現できる融資を実行しなければならず、融資関連のリスクに抜かりなく対応することを請け負っているためである。

銀行は、貸付金などの資産に対する利息を受け取るが、一般的に、定期預金などの負債に対する利子も支払わなければならない。銀行の事業モデルは、預金(やその他負債)利息よりも高い貸出(やその他資産)金利の収受を当てにしている。

銀行の資産と負債にかかる利子率は共に、イングランド銀行の政策金利に左右され、政策金利は貨幣創造に対する最終制約となる。

商業銀行は、営業経費を賄って利益を上げるために、資産と負債に対する期待収益率の乖離幅やスプレッドを有効活用する(1)

追加融資を行う目的として、各個別銀行は、家計と企業により多くの借入を仕向けるため、通常、自行の金利を競合他行より引き下げなければならない。

そして、ひとたび融資を実行した途端、これまで競合他行に対して創造してきた預金を多分「失う」だろう。上記の要因は双方とも、各個別銀行が実行する融資の収益性に干渉し、融資実行高に影響を及ぼす。

例えば、ある個別銀行が、自行の請求金利を引き下げ、それによって、家計が住宅を購入するための担保を差し出すように誘引したとしよう。


抵当権が付着したローンが実行された瞬間、家計の預金口座に新規預金が着金する。次に、家計が住宅を購入すると速やかに、新規預金を住宅販売業者の所へ移転させる。この過程が図2の第1列目で示される。

買主は、新しい資産を住宅の形態で、追加の負債を新規融資の形態で置かれた状態になる。売主は、財産を住宅に代わって銀行預金の形態で置かれた状態になる。どちらかと言えば、売主の口座が、買主と別々の銀行であることの方が多い。


そのため、図2の第2列で示される通り、取引が行われる時、新規預金が売主の銀行の所へ移転する。すると、買主の銀行は、預金が資産より少ない状態になる。

まず最初に、買主の銀行は、準備金を移し替えることで売主の銀行と清算する。しかし、その場合、買主の銀行は、預金に対して従前よりも準備金が相対的に少なく、融資が相対的に多い状態に置かれる。

これは、預金が流出することで想定される、あらゆる事態に対処することは困難なリスクを引き上げるため、銀行にとって問題を惹き起こす可能性が懸念される。

そして、銀行は実際に日々、そのような融資を数多く実行している。そのため、かりに既存の銀行が上記の方法で新規融資の全額を資金調達すれば、やがて準備金は枯渇するだろう。

故に銀行は、新規融資に随伴させるための追加負債を誘引したり、保持したりしようと図る。実際に他行も同じように、新規融資を実行して新規預金を創造しているため、上記の目論みを叶える方法は、新しく創造された預金の一部を呼び込む以外にない。

競争が激しい銀行部門では、家計に提供している定期預金金利の引き上げが起こるかもしれない。


図2の第3列目で示す通り、新規預金を呼び込むことで、銀行は自行の準備金を枯渇させることなく融資高を拡大できる。その代替手段としては、とにかく当面の間、他行から借り入れるか、別種の負債を呼び込む選択肢がある。

しかし、預金やその他の負債どちらを経由するにしても、銀行は、貸出の拡大を維持し続けることを目的として、何等かの資金を呼び込み、保持することを確実に執り行う必要がある

そして、その経費は、銀行が実行中の融資で収益を見込んでいる利息に照らして評価される必要があり、次に今度は、イングランド銀行が規定する政策金利(Bank Rate)の水準に左右される。

例えば、銀行が新たな借り手を継続的に呼び込み、住宅ローンの金利を引き下げることで融資を拡大し続け、さらに顧客の預金金利を引き上げることで、さらなる預金の開拓を追求していくと、程なく貸出を拡大し続けるのは採算に合わないと察知するかもしれない。

故に、貸出と預金の獲得競争に加え、利益を追求する思惑が、銀行による貨幣創造を抑制する。


図2 注釈
(a)バランス・シートは見やすさのため、高度に定型化されている。図示された各種の貨幣量は、部門別バランス・シートで実際に保有されている量と合致しない。




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